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映画 「それでもボクはやってない」

2009 06 11

キャー!! この人痴漢です!

お、おおおれは、や、ややってな、ないで、うわ、なにをするやめrdplgヴぇjどあそいjヴぉあねfn。




今日の映画は、「それでもボクはやってない」です。

*「今日の映画」を初めてお読みになる方は、まずは「映画の感想について」カテゴリをお読みください。

この映画、淡々と展開していきますが、めっちゃくちゃ怖いです。特に男性諸君には恐怖の一言でしょう。見てる途中からゾクっと寒気がするほどの絶望感を味わうことになります。

ドキュメント風というか、もちろん映画なので作り話ではあるのですが、これは真実の物語です。

いわゆる痴漢の冤罪物語なのですが、冤罪を証明することの難しさをこれでもかと突き付けられます。

主人公は、痴漢と間違えられて女子学生に手を握られます。現行犯逮捕というのは、なにも警察官だけの特権ではなく、一般市民にも逮捕権は有しています。

手を握られてこの人痴漢です。と言われたら終わりです。無実だろうが事実だろうが、とりあえず犯人扱いです。そして、犯人扱いをされてしまったら裁判をしても無実を勝ち取る確率はたったの3%です。

無罪というのは、起訴した検察や警察の面目を丸潰しすることと同意です。

なので、起訴したのに無罪判決を下す裁判官はまず出世しません

日本の司法制度の欠陥を暴くとても深い作品です。

「疑わしきは罰せず」という被告を守る制度が裁判理念でもあるはずなのに、少なくとも痴漢に関してこの制度は体をなしていません。

しかも、一番矛盾とやるせなさを感じる点は、否認せずに認めて示談をすればわずかな示談金を支払い、数時間で釈放となり、誰にも知られずに何事もなく普段の生活に戻れるということです

しかし、捕まったのに否認をしていると、裁判ということになるので、容疑が確定するまで1週間でも2週間でも、最悪半年でも1年でも拘留されてしまいます。

もちろん、仕事はできませんし、外部と連絡を取るのも面会のみ。外に出たかったら何百万円という保釈金を支払う必要も出てきます。

裁判では、「やってない」証拠を出さなければ確実に負けてしまいます。逆に「やった証拠」は被害者の証言を鵜呑みにするしかありません。被害者は痴漢をされたことは確かですが、犯人を勘違いしていたらこれはもうどうにも証明はできません。

しかし、痴漢に関しては「やってない証拠」がなければ「やったこと」になってしまいます。

やっていないかどうかは、この法治国家においては裁判の判決がすべてです。有罪になってしまえば、事実がどうであろうが有罪です。そのために三審制度を取っていますが、控訴して一審で有罪なのが二審で無罪になるには、やはり「やってない確実な証拠」が必要になってきます。

時間が経てば経つほど人の記憶もあいまいになってきますし、目撃証言なんてろくに取れません。
つまり、何度も有罪判決を受けることになってしまいます。

だから、結論としては「痴漢に間違われたらプライドを捨てて認めてわずかな金を払って終わらせる」ということです。

でも、こんなことがまかり通っていいのでしょうか? やってないのに認めるわけにはいきませんが、認めた場合と否認した場合の落差が激しすぎます。

満員電車に乗るときは万歳し続けるしかないですね。

そもそも満員電車に乗らないことが一番かもしれません。満員電車に乗る方は是非一度見てみてください。

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